Ethereumバリデーター:取引手数料を最大化するMEV-Boost
目次
1.はじめに
2.MEV とは
3.MEV-Boost とは
4.代表的な MEV-Boost Relay
5.MEV-Boost の収益率
6.MEV-Boost 周辺の課題点
7.MEV-Boost の運用
8.おわりに
1. はじめに
Ethereum は数多くあるブロックチェーンの中で、時価総額が Bitcoin に次いで第 2 位のブロックチェーンである。Ethereum は The merge アップデート以降、PoS(Proof of Stake)方式で成り立つチェーンであり、ブロックチェーンのノード運営者であるバリデーターは日本円で約 780 万円相当(2023 年 6月 11 日時点)の ETH をステーキング(ロック)する必要がある。2023 年 4 月の上海アップデート以降、ロックした ETH をいつでも引き出せるようになったことで、ノード運営を行うプレイヤーが増加し、Ethereum ノード運用による収益獲得の難易度が上がった。本レポートでは Ethereum ノード運用において獲得する収益を最大化する手法の 1 つである MEV-Boost の概要を解説する。
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2. MEVとは
MEV(Maximal Extractable Value)は、ブロックの提案者(Proposer)であるバリデーターがブロックに任意のトランザクションを含めたり、除外したり、並べ替えたりすることで得られる利益のことである。例えば、裁定取引、清算、フロントランニングとバックランニングの組み合わせであるサンドイッチ攻撃などの手法がある。サンドイッチ攻撃は、ある大口ユーザーがDEXで暗号資産を大量購入しようとする際、MEVのプレイヤーが事前にその暗号資産を購入し、大口ユーザーの取引で価格が上昇した後に暗号資産を売却し、その鞘で利益を上げる手法である。
MEVには市場の効率化や安定化といったポジティブな側面があるが、DeFi上で取引を行うユーザーが既存金融で禁止されているフロントランニング攻撃を受けるなど、安全な取引を妨害するといったネガティブな側面も存在する。
3. MEV-Boostとは
前章でMEVが、ブロックから得られる最大の価値であることを説明したが、ではどのように報酬を最大化するのだろうか。3章以降ではバリデーターの報酬を最大化する手法MEV-Boostについて解説していく。
MEV-Boostとは、バリデーターがブロック作成者であるBuilderからMEVに最適化されたBlock proposalをRelayを介して取得し、そのブロックを提案することでバリデーター自身の利益を最大化させる手法のことである。MEV-BoostはMEVの研究開発組織であるFlashbots社によって、BuilderとProposerを分離(PBS)する目的で開発された[6, 7]。MEV-Boostにより公開市場でBuilder間の競争が行われ、Builderの分散性が強化されるという利点がある。
現状MEV-Boostを採用しているバリデーターは全体の約9割を占め、The merge以降増え続けている。MEV-Boostで生み出された利益は、過去30日で6,000ETH(2023年6月11日時点)に上り、Ethereumのノード運用に欠かせない要素になっている。
MEV-Boostには様々なプレイヤーが関わっており(図1)、それぞれ以下の役割を果たす。
- Searcher : mempool(未承認トランザクションの待機場所)から収益源を探し、バンドル(トランザクションの束)としてまとめ、Builderに手数料と共に提案する
- Builder : Searcherから提案されたバンドルやmempoolから収益性の高いフルブロックを構築し、Relayerに提出する
- Relay : Builderから提出されるブロックをオフチェーンで検証し、最も収益性の高いブロックを選択する
- MEV-Boost:Relayから提出されるブロック提案の取りまとめを行う
- Validator(Proposer) : MEV-Boostから提案されたブロックをブロックチェーンの次ブロックに提案する
MEV-Boostはある種のオークションシステムであり、Searcherの提案に対しBuilderが入札を行い、Relayが集計と虚偽でないかの確認などを行い、Validatorが提案する。
4. 代表的なMEV-Boost Relay
第3章までで、MEVとMEV-Boostの定義について解説してきたが、本章ではより具体的なプロジェクトを紹介する事で解像度を高めていく。
シェア率上位10個のRelayerを表1にまとめた[4]。Relay毎の違いとしてBuilderからの接続に対する許可制の有無がある。どんなBuilderからでも許可なく接続できるPublicなRelay、特定の承認されたBuilderのみが接続可能なInternalなRelayが存在する。
また一部のRelayは、トランザクションに対する検閲機能があり、ブロックに組み込まれるトランザクションが米国のOFAC規制に違反している場合や悪質なMEVと判断される場合に検閲を行い、Builderからの提案を受け入れない。これらの検閲を行うとブロックに含めるトランザクションの選択肢が減るため、基本的にMEV収益は低くなる。
5. MEV-Boostの収益率
第4章まででMEVとMEV-Boostの定義、代表例を見てきたが、実際にどれほど報酬を増幅させるのだろうか。本章では、MEV-Boostの収益率を見ていく。
ステーキング報酬はConsensus RewardsとExecution Rewardsに大別できる。MEV-Boostを使用するとConsensus Rewardは変化しないがExecution Rewardsが増加し、全体の利益が増加する。利益増加率はバリデーターがブロック提案者に選ばれた時のMEV抽出機会により大小するが、2023年6月14日のデータでは約1.7倍バリデーターの収益が増加している(表2)。
Relay毎にバリデーターへの手数料の受け渡し方法が異なる。手数料を一時的にBuilderが受け取り、ブロックの最終トランザクションでバリデーターに渡す方法が一般的だが、全てをEthereumブロックチェーンのチップ機能(priority fee)でやり取りするRelayも存在する。Relay毎の過去の収益率は以下のサイトで確認できる[8]。
6. MEV-Boost周辺の課題
第5章ではMEV-Boostによる収益率の変化を解説したが、本章ではまだ発展途上であるMEV-Boostの課題点について整理する。
MEVやMEV-Boostでは各プレイヤーの集権化が問題としてあげられる[9]。プレイヤーの集権化は検閲耐性の低下、共謀による利用コストの増加を引き起こすことが懸念される。以下プレイヤー毎の集権化を整理する。
- Builder
Builderが集権化する背景には、Builderの知見が公開されず特別なスキルやインフラが必要であることから参入障壁が高い等の課題がある。
今後、Builderの開発環境整備とオープン化、MEV burning、MEV Smoothing、the Scourge、Flashbots SUAVE、共同ブロックビルティング、crLists等の解決案により分散や競争が促進することが期待されている。 - Relay
MEV-BoostやRelayの導入自体は中央集権化を大幅に改善したわけではなく、中央集権化の結節点をバリデータからブロックビルダーやリレーに移しているに過ぎない。また現状33%のブロックが検閲を実行するRelayを介しており、さらなるRelayの集中化は取引検閲の観点で注意が必要である。 - Validator
MEV-BoostやブロックチェーンベースでのPBS実装によりバリデーターの集権化問題は、取引のより上流に位置するBuilderやRealyの集権化問題に置き換わっている。
このように懸念点もあるが解決策も模索されていて、経済的合理性を保ちつつ強固なブロックチェーンを実現するため日々開発が進んでいる。
7. MEV-Boostの運用
第6章まででMEV/MEV-Boostの定義/特徴に触れてきたが、本章では、実際にどのように自身のバリデーターノードにMEV-Boostを導入するかに触れていく。
Relayは接続されたBuilderからのBlock proposalの有効性を確認し、バリデーターに最高入札額を送信する。MEV-Boostでは複数のrelayに接続することが可能で、すべてのRelayの入札額の中から最高入札額を利用する。したがって利益の最大化のためにはすべてのBuilderを網羅する形でRelayに接続することが考えられる。しかし、接続するRelay数が増えるほどRelay内のバグなどのリスクも増加するため、リスク・リターンの精査が重要となる。
MEV-Boostの導入方法は以下の通りで、MEV-Boostの存在で敷居が下がっている。
- MEV-Boostをインストール
- MEV-BoostをRelayに接続し起動
- バリデータノードをMEV-Boostに接続し起動
8. おわりに
本レポートではMEVによる収益を最大化するMEV-Boostについて解説した。MEV-Boostを導入することでEthereumのバリデーターは最適なブロック提案し、効率的に収益を獲得することができる。一方で、MEVなどの技術はEthereumエコシステムと共に発展途上であるため、システムのセキュリティー、サンドウィッチ攻撃による悪質な取引、Builderの中央集権化など多くの課題を抱えている。今後これらの課題がどのように解決、そして発展していくか注目が必要だ。
参考文献
[1]: ethereum org. ”Difinition of MEV”
https://ethereum.org/en/developers/docs/mev/(参照2023-6-11)
[2]: Flashbots. “MEV boost in a nutshell”
https://boost.flashbots.net/(参照2023-6-11)
[3]: Alchemy. “What is MEV Boost?”
https://www.alchemy.com/overviews/mev-boost(参照2023-6-11)
[4]: ethstaker. “mev relay list”
https://ethstaker.cc/mev-relay-list(参照2023-6-11)
[5]: Hasu. “Understanding liveness risks from mev-boost”
https://boost.flashbots.net/mev-boost-status-updates/understanding-liveness-risks-from-mev-boost(参照2023-6-11)
[6]: Flashbots. “MEV-Boost Block Proposal**”**
https://docs.flashbots.net/flashbots-mev-boost/architecture-overview/block-proposal(参照2023-6-11)
[7]: Flashbots. “What is MEV-Boost?”
https://github.com/flashbots/mev-boost#installing(参照2023-6-11)
[8]:Relay Landscape. Ethereum Mainnet. https://www.rated.network/relays?network=mainnet&timeWindow=30d
[9]: Barczentewicz, Mikolaj, MEV on Ethereum: A Policy Analysis (January 23, 2023). ICLE White Paper 2023-01-23, Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=4332703 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4332703