新金融サービス、暗号資産レンディング:運用会社の破綻から学ぶリスクと安全性
目次
- はじめに
- 運用会社の破綻事例
1. BlockFi社
2. FTX Earn(旧Blockfolio社) - 提言
1. 運用状況の適時情報開示
2. 財務健全性の可視化 - おわりに
参考文献
1. はじめに
暗号資産レンディングの成長に伴い、運用会社の破綻事例も少なくありません。このレポートでは、BlockFi や FTX Earn の破綻事例を通じて、運用リスクを振り返り、その背景にある要因を分析します。さらに、今後の市場の健全な成長のために、必要とされる施策や提言をまとめました。
2. 運用会社の破綻事例
前章では、DeFiを用いた運用での評価損益の発生を紹介した。本章では、リスクが顕在化した事例として、大手レンディング事業者であったBlockFi社およびFTX Earn社の破綻事例を紐解き、考察を行うことにする。
2.(1) BlockFi社
2.(1).a 会社概要
BlockFiは、共同創業者のザック・プリンス(Zac Prince)氏とフロリ・マルケス(Flori Marquez)氏により、金融商品へのアクセスが限定されている金融市場にクレジットサービスを提供することを目標に2017年に設立された米国の暗号資産レンディング会社である。主なサービスとしては、BlockFiプラットフォームを通じて個人投資家がBlockFiに暗号資産を貸し出し、毎月変動の金利報酬を獲得できるレンディング(有利子口座)サービスと、資金調達やトレーディングディスクなどの機関投資家向けサービスが挙げられる。表 1および図 5にBlockFiの会社概要と組織図を示す。
BlockFiは2022年、融資先であるシンガポールを拠点とする暗号資産ヘッジファンドThree Arrows Capitalや後述する暗号資産取引所FTXの破綻を最終的なきっかけとして破綻した。ただし、BlockFi自身も2022年初めにFTX USに対し、BlockFiの株式保有オプション契約(後日、FTXがBlockFiの株式を購入するオプション)の提供と多額の救済融資枠の獲得を行なっており[2]、暗号通貨業界における金融取引の相互依存性の高さが露呈している。
BlockFiの主な運用手法としては、機関投資家への融資やGrayscale Bitcoin Trustへの投資が挙げられる。以下それぞれについて詳しく解説していく。
2.(1).b 機関投資家への融資
- 融資の信用リスク管理
BlockFiは、運用手法の1つとして機関投資家やFTXのような大手暗号資産取引所への融資を行っていた。機関投資家や大手暗号資産取引所への融資は、通常の金融機関に対する融資よりも高リスク、高リターンであり、信用リスクの管理が非常に重要である。BlockFiの融資先は、暗号資産ファンドや暗号資産交換所が多くを占められていたため、これらのリスクウェイトの管理は特に重要であった。既存の金融機関では、バーゼル規制などで定められたルールに基づき、リスクが厳格におこなわれる。一方でBlockFiは、無担保融資や担保付き融資を行う際にも担保評価額以上の融資を行っていたと報告されている[2]。さらに、担保資産として価格変動の激しい暗号資産や株式、未上場の暗号資産プロジェクトのトークン、GBTCなどを認めていた。 - 融資先の破綻による資産の毀損
BlockFiの融資先が債務不履行に陥った際、BlockFiは担保資産を没収・売却を行い、債務を融資額の全額又は一部を回収するが、流動性の低い暗号資産や株式の場合、これらの現金化が難しい。例えば、担保資産が未上場の暗号資産プロジェクトのトークンや非上場株式の場合、現金化に手間や時間を要し、その間の価格変動によっては担保資産の売却では融資額を回収できない可能性がある。さらに、保有する担保資産が融資額以下の場合、債務不履行となると法的手段によって回収を試みることになるが、時間もかかる上、全額回収できない可能性がある。
2.(1).c 暗号資産ファンドへの投資
- GBTCの概要
Grayscale Bitcoin Trust(グレイスケール・ビットコイン・トラスト、GBTC、[3])は、BTCの価格に連動することを目指した金融商品である。投資家はBTCを直接保有することなく、GBTCを通じてBTCへのエクスポージャーを持つことができる。GBTCは2013年9月に機関投資家や適格投資家向けに私募としてリリースされ、その後、米国の金融業規制機構であるFINRA(Financial Industry Regulatory Authority)から公開市場での取引承認を受けた。2023年10月時点では、GBTCはBTCの発行量の約3%に相当する数百億ドルの規模を誇り、最大級のBTC保有者の一になっている。GBTCが新株を発行する際、信託は相応量のBTCを購入し、信託全体で発行されたGBTCの株式に相当するBTCを保有する。 - GBTCのプレミアムとディスカウント
GBTCは、クローズドエンド型の信託であるため、その時の市場価格で現金化(償還)することができない。つまり、投資家がGBTCへの投資を終了する場合、市場で売却する必要がある。直接GBTCを購入すると、通常6ヶ月のロックアップ期間が設けられ、その間は売却ができない。そのため、GBTCの株価はビットコインの価格とは直接的には連動せず、市場の需要と供給によって決まり、ビットコインの価格とGBTCの株価に乖離(プレミアムやディスカウント)が発生する。図3は、GBTCのBTCに対するプレミアムやディスカウントの時系列変化を示している。BlackRockなどの金融機関は、これらのGBTCの価格乖離などの背景から、オープンエンド型のBTCの現物ETF商品を申請している(2023年11月現在)。 - GBTCを用いた裁定取引戦略
BlockFiは、2021年10月時点で、約17億ドル相当、市場の5.66%に相当するGBTCの株式を保有した。BlockFiの運用戦略は、顧客からビットコインを借り入れ、GBTCに投資を行い、ロックアップ期間後に売却するもので、一時的に収益を確保した。例えば、顧客から預かった1BTCで、1BTC分のGBTCを購入し、6か月のロックアップ後、10%のプレミアムが付いた価格(1.1BTC)で売却することで運用益が得られる。しかし、2021年2月にGBTCの株価は、ファンドの純資産価値(NAV)に対してディスカウントで取引され始め、裁定取引に従事していたBlockFiは、ロックアップ期間中にディスカウントが拡大する中でGBTC株を売却することが困難になった。報告によると、BlockFiのGBTC取引による損失は、2020年の取引で最大6400万ドル、2021年には2億2000万ドルに達した[4]。BlockFiのGBTCへの大規模な投資と裁定取引戦略は、市場リスクを適切に管理できていなかったこと、また資産ポートフォリオの多様化に欠けていたことが明らかである。
2.(1).d その他
BlockFiは、Celsiusや後述するFTXなどの他のレンディング会社と異なり、資金調達のために独自トークンの発行はしておらず、ベンチャーキャピタルなど従来の投資家から資金を得ていたことも特徴的である。資金調達のラウンド毎の評価額に関しては、図 7の「BlockFiの歴史」を参照されたい。
また、2021年から2022年にかけ、米国の複数の州の規制当局と米証券取引委員会は、BlockFiが提供する有利子口座が投資会社法に基づく投資会社としての登録が必要である旨を通知した。2022年2月、BlockFiとその親会社は、合わせて1億ドルの罰金を支払うと共に、BlockFiレンディング商品の登録を正式に行なった。
その他BlockFiは、四半期毎に、BlockFiのプラットフォーム上の顧客預かり資産とBlockFiが関連する流動性リスクや信用リスクの管理に関する運用報告書を顧客に提供しており、一定の開示を実施していたことを確認している[1]。しかしながら、競合企業比で先進的な管理を実施していたにも関わらず結果として破綻に至ったという事実は、業務の難しさとともに、開示された情報を活用することの難しさを物語ると言えるだろう※14。
※14:状況は異なるが、他社比で先進的なリスク管理を行っていたが、不適切な経営によるレピュテーショナルリスクを抱え買収された事例として、バンカーズ・トラスト銀行が有名である[13]。
2.(2) FTX Earn(旧 BlockFolio社)
2.(2).a 会社概要
FTX Earnは、米国Blockfolio社によって提供されていたレンディングサービスで、日本国内ではFTX Appという名称でサービスを提供していた。FTX Earnでは暗号資産交換所のFTX Japanのアカウントと連携を行うことで、FTX Japanの口座とFTX Earn内の資産を統合しシームレスに扱うことができた。例えばFTX Japanの取引所で取引を行う際の担保として資産を利用しながら、FTX Earnによってその資産から利回りを得ることができた。
FTX EarnおよびBlockfolio社は、2022年11月に、親会社FTXの財務健全性を疑問視する報道に起因し、FTX Japanとともにも破綻した。
FTX Earnに関連する会社構成は次の通りである。
中核となるFTX トレーディング(以降、FTX社)は、サム・バンクマン=フリード氏によって創業された暗号資産交換業を営む企業であり、アメリカ以外の主要各国でサービスを展開していた (アメリカにおいてはFTX USが暗号資産交換業を営んでいた)。同氏は、Alameda Researchという投資会社も所有しており、顧客資産を用いて各種暗号資産関連企業に投融資を行っていた。
またFTX Japanは、2022年2月に、FTX社が日本の暗号資産交換業者であったQuoineを買収したことで誕生した。当時、2017年4月以降改正資金決済法の施行によって、国内で暗号資産取引業を行うためには、金融庁に登録された暗号資産交換業者である必要になった。そのため、海外に拠点を置くFTXは、日本に展開するには、日本国内の暗号資産交換業のライセンスを取得する必要があったのだが、取得にかかる時間とコストを考えると日本の暗号資産交換所を買収して、そちらで事業を行うのが現実だと考えたと推察する。実際にサム・バンクマン=フリード氏は日本には1兆円規模の資産運用ニーズがあるとコメントしており、彼らとしても魅力的な市場として捉えていたものと思われる[5]。
2.(2).b FTX Earnの運用
公表された資料および報道から、FTX Earnの運用は、主に関連会社(Alameda Research)への貸付や、FTX社の流動性としての活用である。ただしこれらは、後述するように健全な運用はされていなかった可能性が高い。また、運用対象の分散が図れておらず、集中リスク(Concentration Risk)にさらされているとも言える※15。報道で知られるような管理の杜撰さや顧客資産の流用という、運用機関・金融機関の体を成していない問題を差し引いても、この運用手法自体にリスク管理上の問題が存在する。
※15:金融機関に対するバーゼル規制では、集中リスクの回避を目的として、「大口信用供与等規制」において大口エクスポージャーの上限を適格資本(Tier1)の一定以下(15%以下等)にする規制が存在する。
2.(2).c FTXトレーディングおよびAlameda Researchの運用
FTX Earnの運用先となったFTXトレーディング(FTX社)およびAlameda Researchの運用は、①外部への投融資、②FTX内部の融通※16の、二つに分けられる。
前者の外部への投融資は、主にAlameda Researchから実行されている。運用がどこまで適切に管理されていたか、今もって不明な点が多いが、例えば前章で紹介したTerraの崩壊時には、同社から暗号資産関連企業への資金援助が実施されたりなどしている。
他方、後者のFTX内部の融通は、FTX社からAlameda Researchへの方向で行われたのであるが、2つの点で異質かつ悪質である。
まず一点目として、Alameda ResarchがFTX社から融資を受ける際の担保としてFTX社の発行するトークン(FTT)が使用された。これと対比できる既存金融での取引として、Equity Margin Lending(株式担保ローン、EML)がある。EMLは、自社もしくは関連会社の株式を担保に、金融機関から資金を調達するもので、融資対象会社の経営成績と担保資産(自社株式等)に強い相関があることから、担保価値の低下に非常に注意を要する取引として知られている。特に、この強い相関のことを誤方向リスク(wrong-way risk)と呼んでいる。FTTを担保としたFTX社からAlameda Researchへの融資は、融資元会社のトークンを担保にした関連会社への貸付という点で、誤方向リスクを持つとともに、担保の回収可能性も低いことから、虚構的な取引と言わざるを得ないだろう。
加えて二点目として、本取引が悪質な点は、FTX社による融資に顧客資産が流用された点である。通常の金融機関においては、顧客預かり資産は自社の資産と分別して管理し、前者は契約で依頼された目的においてのみ使用することが必須となっている。これに対し、過去一年間のFTX社の破綻以降の報道で広く知られる通り、FTX社のAlameda Researchへの融資の原資には、顧客預かり資産が多く含まれていた。その額は、当時の交換レートにおいて100億ドルを超えるものであり、異常という他ないものである。
※16:「融通」は正確な表現ではないが、本節ではわかりやすさを念頭に、この表現を使用する。
2.(2).d その他
ユーザーに利便性の高い機能を提供したFTX EarnやFTX Japanだったが、日本ユーザーのFTXからFTX Japanへの移管手続きや、FTX EarnとFTX Japanの統合手続きは曖昧であり、説明も不足していた。そしてブロックチェーン上の記録や破綻後に公開された資料から、FTXやFTX Earnユーザーの資産を区別して正しく管理していなかった可能性が高く、FTXの杜撰な経営体制を表しているだろう。
FTXの破綻後、他の取引所は顧客資産を保有していることをブロックチェーン上で確認できるような仕組み[6]を導入するなど、透明性を高めようとしているが、十分な活用には至っていない。FTXの破綻が残した影響は、取引所にも暗号資産業界にも大きいと言えるだろう。
3. 提言
ここまでの章で、損失が発生したと見受けられるウォレットや、実際に経営破綻したレンディング事業者の事例を紹介した。これらの事例を見て、暗号資産レンディングを発展させるために必要なことは、「運用状況の適時情報開示」と「財務健全性の可視化」の2点であると考える。
3.(1) 運用状況の適時情報開示
まずレンディング事業者が実施すべきことは、貸借料の源泉となる預かり資産の運用状況について、定期的に開示することであろう。例えば、運用対象の内訳や、期間損益の状況を示すことである。これらは、レンディング事業の健全性を保つためにも必要なものである。初めは簡素な内容でも良く、開示の粒度や頻度は、事業者およびビジネスの成熟度に応じて決定すれば良いと考える。
3.(2) 財務健全性の可視化
続いて必要と考えるのが、事業者の財務状況を確認できるようにすることであろう。端的に言えば、事業者の純資産規模に比して、過大な資産を預かっていないか、もしくは、過大な運用を行っていないかを可視化するということである。
財務健全性を確認する枠組みを作ることは、労力を要するものであるが、事業が比較的似ているという観点から、金融商品取引業者(証券会社)に対する自己資本規制比率の枠組みは参考になると考える。
4. おわりに
暗号資産レンディングの分野では、企業の破綻が利用者に大きな影響を及ぼすことがあります。本レポートで取り上げた事例は、リスクの理解不足や透明性の欠如が招いた問題の一例です。今後、利用者が自分の資産を安全に運用するためには、運用会社の財務健全性やリスク管理体制の透明化が不可欠です。また、サービス提供者にはリスクの説明責任が強く求められるようになるでしょう。こうした動きが進むことで、暗号資産市場全体の健全な発展が期待されます。
参考文献
[2] “DECLARATION OF MARK A. RENZI IN SUPPORT OF DEBTORS’ CAHAP 11 PETITIONS AND FIRST-DAY MOTIONS”. URL: https://assets.bwbx.io/documents/users/iqjWHBFdfxIU/rB6b3dXLT378/v0
[3] “Grayscale Bitcoin Trust”. Grayscale. URL: https://www.grayscale.com/crypto-products/grayscale-bitcoin-trust
[4] “BlockFi Bankruptcy: Everything You Need To Know”. MILKROAD. URL: https://milkroad.com/reviews/blockfi/
[5] “FTX Japan to Refund Customers Starting February 2023”. Yahoo Finance. URL: https://finance.yahoo.com/news/ftx-japan-refund-customers-starting-100059982.html
[6] “CEX Transparency”. DefiLlama. URL: https://defillama.com/cexs
[7] “Aave: Liquidity Protocolの基本”. Ledefiリサーチ. 更新日: 2023年09月11日. URL: https://research.ledefi.co.jp/report/127
[8] “Uniswap: 提供機能と運営組織の基礎的理解”. Ledefiリサーチ. 更新日: 2023年06月30日. URL: https://research.ledefi.co.jp/report/44
[9] “AAVE: Liquidationの分析~Health Factorの維持水準を考える~”. Ledefiリサーチ. 更新日: 2023年10月19日. URL: https://research.ledefi.co.jp/report/142
[10] “Hacks”. DefiLlama. URL: https://defillama.com/hacks
[11] “Exploring Crypto And DeFi Risks In Credit Ratings”. S&P Global. 更新日: 2022年6月30日.
[12] “HashHubレンディングにおける資産取り扱いやリスク管理について(2022年11月版)”. 更新日: 2022年11月17日. URL: https://note.com/hashhub/n/naadbb9f7ddcf
[13] “新金融リスク管理を変えた大事件20”. 藤井健司. 金融財政事情研究会. 85-107