新金融サービス、暗号資産レンディング:リスクを理解して安全に運用する


目次

  1. はじめに
  2. 運用におけるリスクの事例
     1. ブロックチェーンで確認した事象
     2. 暗号資産およびDeFiの説明
     3. ウォレットで確認した運用手法
     4. 運用リスクに対する考察
     5. 顕在化したリスクの考察
  3. おわりに
  4. Appendix 1. ウォレットのポジション詳細
    参考文献

1. はじめに

暗号資産レンディングでは、さまざまな運用手法が存在し、それぞれに固有のリスクが伴います。このレポートでは、暗号資産の売買やステーキング、DeFiを利用した運用方法について詳しく解説し、それぞれのリスクを明らかにします。リスクを正確に把握することが、健全な運用の鍵となるでしょう。

2. 運用におけるリスクの事例

2.(1) ブロックチェーンで確認した事象

本章に示す事例は、DeFiプロトコルの大口取引の分析において確認した、あるウォレットの取引履歴である。ウォレットのアドレスは「0xa976ea51b9ba3232706af125a92e32788dc08ddc」である(図 1.を参照)。2023年12月9日現在での残高が米ドル換算で81百万米ドルという規模から、個人での運用とは考え難く、レンディング事業者のポートフォリオの一部であることは間違いないと推測する。

オンチェーンデータでこのウォレットの内容を確認すると、主な取引は、①米ドルステーブルコインのDEXへの流動性供給、および、②イーサリアム(ETH)とイーサリアム派生トークン(stETH)の裁定取引およびDeFiでの借入を活用したそれらのレバレッジの二つであった。このうち後者の裁定取引について、2022年の半ばに大幅な評価損を計上したと見受けられる。もちろん、これが事業者のポートフォリオの一部であり、別のウォレットにおいて適切なヘッジ取引が実施されていたのであれば、この運用として問題はない。ただしその状況においても、リスク管理上の示唆に富む情報を与えてくれるものである。

ウォレットにおける各時点でのETHおよびstETHの保有高は図 2を、月次での損益を集計は図 3を参照されたい。また、ウォレットの分析結果はAppendix 1.も参照されたい。

図1. 分析対象のウォレット 出所:Etherscan (2023年12月9日確認)

図2. 分析対象ウォレットのETHおよびstETH純保有高※11(単位:数量) 出所:オンチェーンデータ

図3. 分析対象ウォレットのETH/stETH裁定ポジション月次損益※12(単位:米ドル) 出所:オンチェーンデータ

※11:「純保有高」は、ウォレットに含まれるETHおよびstETHの保有残高から、顧客預かり資産を控除した残高を意味する。
※12:月次損益は日次損益の累計とし、日次損益は次の式で計算した。
日次損益=前日の純保有高×前日から当日の価格変化
したがって、期中の保有高の増減にかかる費用は、本損益の計算から除外されている。

2.(2) 暗号資産およびDeFiの説明

本節では、本章の事例に登場する、トークンおよびDeFiについて概要を説明する。

2.(2).a Lido Staked ETH (stETH) - ステーキング報酬の獲得

  • “stETH”とはLIDO Financeが発行するLiquid Staking Tokenの名称である。Liquid Staking Tokenとは、本来であれば、ステーキングに出すことによってネットワークでの使用がロックされるイーサリアム(ETH)を、DeFiで運用できるように流動化したものである。
  • LIDOは利用者からETHを預かり、預かった資産に対して1対1でstETHを発行する。LIDOは預かったETHをステーキングし、得られた利回りをstETH保有者に分配する。
  • LIDOはLiquid Stakingの最大手であり、信頼性の高さと規模の大きさから、様々なDeFiプロトコルで担保としても利用可能になっている。

2.(2).b Wrapped BTC(wBTC)でのBTCの運用

  • BTCはビットコインネットワーク上に存在するが、DeFiは主にビットコインネットワーク以外の市場規模が大きい。特に、BTCを市場規模の大きいイーサリアムネットワーク上で運用するには、Wrapped Bitcoin (wBTC)と呼ばれるトークンに交換する。
  • WBTCはBTCと1:1で発行と償還が可能なトークンで、価格もBTCと連動するよう設計されている。しかしながら、カストディアンや裏付け資産であるビットコインネットワーク上のBTCに問題が発生した場合、価格が乖離するリスクが存在する。
  • WBTCに交換したBTCの運用方法としては、DeFi上のアプリケーションを用いて、担保として他の資産の借入に利用することや、イーサリアムネットワーク上のwBTC以外のBTCに連動するよう設計されたトークンに交換することなどが挙げられる。

2.(2).c Aave - DeFiのLending Protocol

  • Aaveは、DeFi上の暗号資産の借入機関(Lending Protocol)として機能するプロトコルである。Aaveのユーザーは、まず担保となる暗号資産を拠出した後に、担保金額を上回らない範囲で暗号資産を借り入れる仕組みとなっている。また、拠出した担保の証票として、aTokenと呼ばれるトークンが発行される。
  • Aaveは、担保資産と借入資産の評価に厳格であり、担保が不足した場合には、ユーザーは清算(Liquidation)でペナルティを支払う必要がある。担保の過不足はHealth Factor(健全性指標)を基準に判断しており、ユーザーは常にHealth Factorの状態を意識する必要がある。
  • Aaveの枠組みの詳細は[7]を、清算の詳細は[9]も参照されたい。
  • なお本ウォレットでは、Aave以外にもUniswap, Curve, Convex, Compound, BalancerといったDeFiの使用履歴が確認できている。その中でAaveはかなりの割合を占めているものである。

2.(3) ウォレットで確認した運用手法

上記のウォレットで確認した運用の流れは、次の通りである。

  1. ETH、BTC等の流通性の高い暗号資産を取得する(レンディングであれば借り受ける)
  2. 取得した暗号資産を、運用可能かつ価格連動性の高い、次の暗号資産に交換する。
    a. ETHをstETHに交換する。これによりステーキング報酬を獲得する
    b. BTCをwBTCに交換する。wBTCは、そのままでは運用益は発生しない
  3. 交換したstETHおよびwBTCをAaveに担保として拠出する。これにより預入運用益を獲得する
  4. Aaveから暗号資産(ETH等)を借り入れる。これにより支払利息が発生する
  5. 借り入れたETH等をDeFiに流動性供給する[8]、もしくはstETH等に交換し、運用益やステーキング報酬を獲得する

上記の流れでは、2., 3., 5.で収益(ステーキング報酬、預入運用益、流動性供給運用益)が発生し、4.で費用(支払利息)が発生することがわかる。特に4.および5.は、借り入れた資産を再帰的に運用に回すもので、言い換えれば、レバレッジをかけた運用である。

レバレッジをかけた運用戦略は、4.の借り入れの貸借料が、5.のステーキング報酬よりも低いときに成立する。例えばETHを3%で借り入れ、ETHをstETHに1:1で交換し、stETHの保有で5%のステーキング報酬を得られた場合、2%の差益を得ることができる。また、AaveではstETHを担保に拠出して、追加でETHを借り入れることができるため※13、この戦略を再帰的に行うことができる。実際に上記のウォレットでは、当初の暗号資産にAaveからの借り入れを付加して、このレバレッジを実現している。レバレッジをかけることにより、運用収益は増大するが、後述するリスクも増大することとなる。

※13:担保拠出した場合のステーキング報酬は、担保資産の保有者に帰属する。

2.(4) 運用リスクに対する考察

この節では、DeFiでの暗号資産の運用におけるリスクを紹介する。そのうえで次節において、今回の事例への当てはめを実施する。

2.(4).a 流動性リスク

現状、DeFiの市場規模は全体でも約500億米ドル(2023年11月時点)と、株式・債券の市場規模と比べて非常に規模が小さい。DeFiはそれぞれのプロトコルが独自に流動性を抱えており、株式・債券のように、中央集権的に流動性を提供する主体が存在しない。そのため、数値以上に1つの大きな取引が市場全体に与える影響度が高くなる。分析対象のウォレットでは、運用額は約81百万米ドルとDeFiの市場規模に対してそれなりの規模を運用している。このため、顧客からの返済要求が一斉に集中した場合などには、市場規模に対して多額の暗号資産を売却する必要が生じる可能性がある。この状況下では、適切な価格での売却が困難となり、結果的に損失が発生するリスクが存在する。

2.(4).b 価格変動リスク

分析対象のウォレットでは、法定通貨に対する暗号資産の価格変動による測定要否は不明である。仮に運用の評価を、借り入れた暗号資産で行うのであれば、まず法定通貨に対する暗号資産市場の価格変動を把握することは不要になる。また、運用の内容も、暗号資産を担保としてDeFiに差し入れすること、もしくは、暗号資産をステーブルな別の暗号資産に交換すること、の2種類であり、暗号資産間の価格変動リスクも、大きな変動は見込まれないものである。しかしながら、「レンディング」および「ステーブルコイン」を利用していることから、後述する清算リスク、ディペッグリスクは発生する。

2.(4).c 清算リスク

レンディングでは、暗号資産を担保として拠出し、別の暗号資産の借り入れを行う。そのため、担保の暗号資産の価値が下落する、もしくは借り入れた暗号資産の価値が上昇した場合、担保が清算され損失を被るリスクが存在する。清算のペナルティはAaveでは10数%となるため、発生した場合の損失は原資に対して巨額のものになる。

実際の運用では、借り入れた暗号資産を他のDeFiプロトコルに流動性供給しているため、担保のHealth Factor(健全性指標)[9]が低下した場合、清算が発生する前に、そのDeFiプロトコルでの流動性を解除し、債務返済か担保の追加拠出を実施する必要がある。清算リスクの回避のためには、そのオペレーション体制の構築が必須となる。

2.(4).d ディペッグリスク

ディペッグ(depeg)とは、ETHに対するstETHなどのステーブルな暗号資産のペアで、価格の乖離が発生する現象である。ETHを顧客から借り入れstETHに交換した場合、「stETHの持つステーキング利回り」から「顧客に支払う貸借料」を控除した額が収益となるが、それはあくまでETHとstETHが1対1(stETH/ETHの価格が1.0)で交換可能なことを前提としている。例えばこの価格が、何らかの原因により0.9に下落した場合、時価会計上10%の損失が発生した状態となる。

2.(4).e コントラクト・リスク

DeFiを使用している以上、使用しているスマートコントラクトに対するリスクが必ず存在する。これは、ハッキングおよびコントラクトの脆弱性により、預け入れた暗号資産が流出するリスクである。実際に過去DeFi上では、約56億米ドルがハッキングにより盗まれている(2023年11月時点)[10]。そのため、DeFiで資金を運用する場合には、コントラクト・リスクを厳密に査定し安全ではないスマートコントラクトは使用しない運用が求められる。

2.(5) 顕在化リスクの考察

分析対象のウォレットでは、前述したリスクのうち「流動性リスク」「ディペッグリスク」が発生したと推定する。以下の図 4はstETH/ETHの価格のチャートである。この図を見てもわかる通り、2022年6月にstETH/ETHの価格は0.94を下回り、ディペッグリスクが顕在化した状況にある。

図4. srETH/ETH価格推移

出所:Yahoo!Finance(https://finance.yahoo.com/)


stETHは前述した通り、LIDOにETHを預けることによって1対1で発行されるトークンである。LIDOは預けられたETHをステーキングすることによって利回りを獲得し、stETHの保有者に分配する。2022年6月時点では、LIDOにETHを預けることは可能であったが、stETHからETHを引き出すことは不可能であった。stETHの保有者がETHを引き出したい場合、取引所もしくはDeFi上で保有するstETHをETHと交換する必要があった。

ここで、2022年5月のTerraの崩壊により暗号資産市場が非常に不安定となった。これにより、stETHの大量保有者が資産を売却する必要に迫られ、DeFi上で大量のstETHをETHに交換する取引が行われた。この行動は、DeFi上のstETHとETHの交換取引の流動性から、ETHを大量に引き抜くことを意味する。その結果、stETH/ETHの価格は下落を始め、さらにその下落を受けて担保の清算が発生し、さらにディペッグが進行した。

2022年6月18日時点で分析対象のウォレットでは、約30億円相当のstETHを保有していたとみられ、最大で保有額の6%、約2億円程度の損失が発生していたと推定する。さらにそれだけではなく、保有していた30億円相当のstETHをETHに変換してポジションを閉じるだけの流動性は、市場に存在していなかった状況にある。したがって、仮にこのウォレットがレンディング事業者のポジションであった場合、顧客が事業者に対して解約請求を出したとしたら、保有しているstETHをETHに変換できず、債務不履行に陥っていた可能性がある。

幸い実際には、ウォレットの残高推移から、大口の解約請求は発生しなかったと見られ、管理会計上(帳簿上)の損失のみに限定されていたと考える。なお、2023年4月に行われたEthereumの上海アップデート以後、stETHからの引き出しが可能になっており、stETH/ETHの価格は安定して推移している。

3. おわりに

暗号資産レンディングには多様な運用手法が存在し、それぞれ異なるリスクが伴います。企業型のレンディングと DeFi のレンディングを比較すると、企業型は収益機会の幅が広い一方で透明性に課題が残り、DeFi は透明性が高いものの、大規模な運用や収益機会の持続性に課題があります。運用にあたっては、これらのリスクを理解し、最適な手法を選択することが重要です。今後、リスクに関する説明責任の強化が求められることで、より安心して利用できる環境が整備されることが期待されます。

Appendix 1. ウォレットのポジション詳細

  1. 資金の流れ
    まず、レンディング事業における資金の流れを、簡単な模式図で説明する。
図5. レンディングにおける資金の流れ 出所:Next Finance Techにて作成

上記図に基づくと、各時点においてウォレットに含まれる資産の量は、次で計算できることがわかる。
ウォレット資産 = 純顧客預かり資産 + 純暗号資産交換額- DeFiへの流動性供給 + DeFiからの借入
純顧客預かり資産 = 顧客からの預かり資産 - 顧客への返済資産
純暗号資産交換額 = 他通貨からの交換額 - 他通貨への交換額
また、各時点での残高は、過去からの累計量を取って計算する。

このとき、レンディング事業者が管理すべきポジションは、ウォレットに含まれる資産から、純顧客預かり資産を控除したものである。これは損益の計算でも同様で、レンディング事業の損益は、ウォレットの資産から純顧客預かり資産を控除した資産に対する、価格の変化によって測定する。これは、管理が非常に難解なものであることに、注意したい。

  1. キャッシュフローの状況
    今回の分析対象のウォレットに流入した預かり資産は、①米ドルステーブルコイン、②ビットコイン(wBTC)、③イーサリアム(ETH)の3種類であった。これらにstETHを加えた4種類の暗号資産の資金の流れ(キャッシュフロー)は、次の通りであったことを確認した。
表1. 資産の種類別のキャッシュフロー

図6. 米ドルステーブルコインのウォレット残高(単位:百万米ドル) 出所:オンチェーンデータ

図7. BTCのウォレット残高(単位:数量) 出所:オンチェーンデータ

図8. ETHのウォレット残高(単位:数量) 出所:オンチェーンデータ

図9. stETHのウォレット残高(単位:数量) 出所:オンチェーンデータ

参考文献

[7] “Aave: Liquidity Protocolの基本”. Ledefiリサーチ. 更新日: 2023年09月11日. URL: https://research.ledefi.co.jp/report/127
[8] “Uniswap: 提供機能と運営組織の基礎的理解”. Ledefiリサーチ. 更新日: 2023年06月30日. URL: https://research.ledefi.co.jp/report/44
[9] “AAVE: Liquidationの分析~Health Factorの維持水準を考える~”. Ledefiリサーチ. 更新日: 2023年10月19日. URL: https://research.ledefi.co.jp/report/142
[10] “Hacks”. DefiLlama. URL: https://defillama.com/hacks