新金融サービス、暗号資産レンディング:基礎と運用手法
目次
- はじめに
- 暗号資産レンディング
1. 暗号資産レンディングとは
2. 特徴
3. 日本での法的整理
4. 暗号資産レンディング事業の課題
5. まとめ - 暗号資産レンディングで用いる運用手法とリスク
1. 暗号資産売買での運用
2. 機関投資家への融資
3. 暗号資産ファンドへの投資
4. DeFiでの運用
5. PoSステーキング - おわりに
参考文献
1. はじめに
暗号資産レンディングは、急速に成長している暗号資産市場の中でも注目を集める領域です。本レポートでは、暗号資産レンディング(以下、「レンディング」とも表す)※1の基本的な仕組みや特徴、そして日本における法的整理について解説します。多くの方が関心を寄せるレンディングの可能性と課題に迫り、その重要性を深く理解する手助けとなる内容をお届けします。
※1:本レポートの各章において「レンディング」と記述した場合、特に断りのない限り「暗号資産レンディング」を意味するものとする。
2. 暗号資産レンディング
2.(1) 暗号資産レンディングとは
暗号資産レンディングとは、顧客がビットコインやイーサリアムなどの暗号資産をレンディング事業者に貸し出し、対価として貸借料を受け取るサービスのことをいう※3。暗号資産が資産運用の重要なアセットクラスとして認識される中、レンディングは貸借料率が年間1%から10%程度と高いこと、および保有する暗号資産を売却することなく収益を得ることができることなどから、暗号資産保有者にとって有力な運用手法となっている。
一方で、レンディングにはリスクも伴う。レンディングは、レンディング事業者が投資家から借り受けた暗号資産を自己の計算で運用し、運用成果と貸借料の差額を事業者の成果とすることで成立している。実際に、過去にはレンディングサービスの運営会社が破綻し、大規模な顧客資産の損失が発生したことがある。破綻事例では、特に事業者の財務状況や暗号資産の運用方法が不透明であったことが確認されており、これらの例は、暗号資産市場の不安定さとレンディング事業の問題を浮き彫りにしている。したがって、レンディングの利用にあたっては、少なくとも貸し出し先の会社やサービスについての十分な精査が必要と言える。
※3:後述の通り暗号資産レンディングの法整備はこれからのため、レンディングの厳密な定義も存在しない。本レポートでは、本項で述べたサービスのことを「レンディング」と表現する。
2.(2) 特徴
初めに、投資家の観点で見た、暗号資産レンディングの特徴を紹介する。
- 利回り
レンディングは、従来の金融商品と比較して、高い利回りを提供することが多い※4。リターンの源泉となるリスクを考えた場合、レンディングのリスクには、暗号資産市場のボラティリティに加え、暗号資産の基盤となるブロックチェーンなどの新しい技術に対するリスクなども当てはまるだろう。伝統的な金融商品においても、小型株や成長株への投資や、高利回り債券などハイリスク・ハイリターンの商品はあるが、レンディングはそれとは異なる性質のリスクを有することに注意が必要である。 - 運用管理
通常暗号資産を運用する場合、運用対象の選定から収益の管理に至るまでの一連のプロセスを、投資家自身で行う必要がある。一方でレンディングを利用した場合は、これらの煩雑なプロセスをレンディング会社に委ねることが可能になる。この点は、金銭信託に近い効果が得られるものと言えるであろう。 - ポートフォリオの多様化
暗号資産自体の効果として、伝統的な金融資産への投資に加えて暗号資産市場へのエクスポージャーを持つことで、ポートフォリオのリスク分散や多様化を図ることができる。そのうえでレンディングを行うことは、ポートフォリオに組み込んだ暗号資産を売却することなく、貸借料を追加で獲得できることになる。
以上から、暗号資産レンディングには長所もある一方で、リスクの高さを垣間見ることもできるだろう。利用者はサービスが内包するリスクを十分理解し、自身のリスク許容度に合わせた判断をすることが重要になる。
※4:ここでの利回りは、法定通貨で測定した暗号資産の運用利回りを意味するのではなく、暗号資産で測定した暗号資産の運用利回りを意味することに注意する。
2.(3) 日本での法的整理
暗号資産レンディングは、伝統的な金融商品と比べ法規制が未確立であり、その結果事業者に課される規制は比較的緩い傾向にある。日本においても、レンディングに関する法整備はまだ初期段階にあり、従来の金融商品との法的位置付けには大きな違いが見られる。
レンディングは通常、期間の定めのある消費貸借契約に基づいて行われる。即ち、レンディング会社が顧客から暗号資産を一定期間借り受け、返却時に借り受けた同種同量の暗号資産、及び貸借料を同種の暗号資産で返還する契約である。例えば、年率2%のレンディング契約では、投資家は1BTCをレンディング会社に貸し出すと、1年後に元本の1BTCと利息0.02BTCの合計1.02BTCの返済を受ける。ここでの2%は事前に確定した利率であり、レンディング会社の運用結果に依らないものである※5。また、レンディング会社が債務不履行に陥った場合、元本と貸借料共に返却されないリスクがある。
日本において、レンディングは改正資金決済法の対象になっておらず、暗号資産交換業や貸金業として事業者登録する必要がない状況にある。前者は、レンディングは同一の暗号資産の貸し借りであり、金銭をもって暗号資産を売買するものではなく、また暗号資産を用いて他の暗号資産と交換するサービスではないため、暗号資産交換業に該当しないとされている。また後者は、暗号資産は法定通貨ではないことから、その貸付が「金銭」の貸付に該当せず、原則として貸金業に該当しないとされている。
なお暗号資産交換業は、改正資金決済法に基づき一定程度以上の財務健全性や社内管理体制を求められる登録業者のみが営業可能であり、顧客資産の日本円と暗号資産両方の分別管理を行っている。しかし、この分別管理は暗号資産の交換に関連する資産に適用されるため、たとえ暗号資産交換業者が提供するレンディングであっても、貸し出された資産は分別管理の対象外となるので注意が必要になる。
※5:逆にレンディング会社は、一年間の運用の結果が2%を上回っていれば超過分を自社の収益とでき、2%を下回っていれば不足分を損失として自己資金から補填する必要がある。
2.(4) 暗号資産レンディング事業の課題
暗号資産レンディングは、レンディング会社が顧客から預かった資金を運用し、その成果を貸借料という形で顧客に還元することで成り立っている。リターンは利率という形で明示されているが、事業者が取っているリスクは利用者からは分かりにくいことが多い。ここでは、それらを含め、レンディング事業における課題を、四つの観点で整理する。
- 開示情報の十分性
レンディング会社は、その財務状況や運用戦略に関する情報を公開する義務がなく、実際に十分に公開していない場合が多い。これにより顧客が事業者の財務健全性を正確に評価するのが難しい。また不十分な情報開示は、投資家に対して、自身の資産が晒されているリスクを理解することを困難にする。後述するFTXの破綻は、このリスクの顕著な例にあたる。 - レンディング会社の運用
暗号資産市場は価格変動が激しく、運用は大きな収益と大きな損失の両方の可能性がある。特に、暗号資産の急激な価格変動時に適切なリスク管理を行っていない場合、損失は大きくなる。FTXの破綻は、高リスク・低流動性資産による運用失敗の実例である。これらの運用リスクは暗号資産消費貸借の契約上はレンディング会社が負担するものの、万一レンディング会社が破綻した場合は顧客が損失を被ることになる。 - 規制の状況
暗号資産業界は新しい分野であり、多くの国ではまだ法規制が確立しておらず、将来的に新しい法律や規制が導入される可能性がある。事業者の目線では、これによりレンディング業者に求められる運営体制は大きく変わることがある。また顧客目線では、海外サービスを利用し事業者破綻などに巻き込まれた場合、法的手続きが複雑で時間がかかるため、利用する際は十分に注意する必要がある。 - 流動化リスク
レンディング契約では、暗号資産を、期間を定めて貸し出すため、市場が急変した際に契約を終了して暗号資産を手元に戻すことができず、機会損失が生じる可能性がある。これには、市場価値が急上昇した際にも、レンディング契約を終了することができず、利益を確定できないことも含む。
2.(5) まとめ
本章で説明した通り、暗号資産レンディングは、投資家の資産を預かり運用するという点において、伝統的な金融商品や暗号資産取引所等と同様の資産管理が求められるのに対し、現在の法整備は十分に及んでいない。この点を踏まえると、レンディング業者は、自主規制などを通じて、既存の金融事業者に求められる水準と同等の金融リテラシーやコンプライアンス意識が必要になると考える。また、レンディングを利用する投資家は、サービス形態や内在するリスクに関して事前に十分把握することが求められる。次章では、各レンディングサービスの運用方法、提供するサービスの特徴、およびそれに伴うリスクを詳細に分析する。
3. 暗号資産レンディングで用いる運用手法とリスク
本章では、暗号資産レンディングにおいて用いられる暗号資産の運用手法の代表例と、それらに内在されているリスクを紹介する。
3.(1) 暗号資産売買での運用
初めに挙げる運用手法は、暗号資産やそれに類するトークン等の売買による運用である。端的に言えば、暗号資産のトレーディングにより収益の獲得を目指すものであり、個人が暗号資産の売買による収益獲得を目指すものと同種である。ただし目指す収益は借り入れた暗号資産を基準とした利回りの獲得であり、個人における円建て(法定通貨建て)収益の獲得とは異なる点に注意する。
暗号資産の売買は、最も基礎的な運用手法であり、需要も存在する。しかしながら、投下した運用資産の全額が価格変動の市場リスク([11]におけるVolatility risk。以下本章で、かっこ書きの英文リスク名称は同様)にさらされることや、暗号資産に閉じた状態ではゼロサムゲームになり期待収益が損益分岐点(=貸借率)を下回ることから、レンディングにおいて主要な運用手法になることはないだろう。実施するのは端数の調整もしくは需給の調整、または、他の運用手段のヘッジもしくは裁定取引を目的としたものが中心になると考える。
3.(2) 機関投資家への融資
続いて挙げる運用手法は、機関投資家への融資である。ここでの機関投資家には、伝統的な金融業界におけるヘッジファンドやファミリーオフィスのほかに、暗号資産取引所※6などの暗号資産関連事業者も含まれる。
機関投資家への融資の場合、気を付けることは、広い意味での信用リスク管理である。すなわち、融資先企業の事業の収益性や、財務健全性などである。その中で融資先が暗号資産関連の事業者である場合は(そして多くの場合は、その場合が多いと見込まれるが)、設立後の実績に乏しくかつ業務内容も流動的なことや、法整備が途上なことが予想される。したがって、業務の持続性に対するリスク(Business sustainability risk)や法規制に対するリスク(Legal and regulatory risk)について、特に気を付ける必要があるだろう。
※6: 本レポートで「暗号資産取引所」は、国内外を問わず法定通貨と暗号資産もしくは暗号資産と暗号資産を交換する機能を有する取引所一般のことを意味する。これに対し「暗号資産交換業者」は、本邦の資金決済法に基づく用語として使用する。
3.(3) 暗号資産ファンドへの投資
暗号資産を対象としたファンドへの投資も、運用手段の一つとして存在する。ここでのファンドの種類は、法定通貨を払込金として暗号資産を運用するファンドと、暗号資産を払い込んで暗号資産を運用するファンドの、どちらも該当すると考えて良い。
自己による暗号資産売買に対する、暗号資産ファンドへの投資のメリットは、市場調査からトレーディングを経て損益を計算するまでの複雑なオペレーションを、ファンド運営会社に委託できることであろう。これに対し、ファンドに委託した資産の全額が市場リスクにさらされる状況は、暗号資産売買と相違ない。さらにファンドは、当初一定のロックアップ期間(解約制限期間)が設けられることが通常であり、これにより流動性リスク(Liquidity risk※7)の管理に気を付ける必要がある。特に後者は、事象発生の頻度は少ないが、発生時の対処を適切にできないと事業者の存続に直接影響するため、慎重な管理が必要なリスクである※8。
※7:[11]での定義は”An entity may not be able to monetize sufficient crypto assets to make timely debt payments”であり、これは伝統的な金融機関における定義と同義である。
※8:過去、数々の倒産事象があるが、こと金融機関における倒産は、ほとんどの場合、業務運用に必要な資金を手当てできなかったこと(流動性リスク)を直接の要因としている(例:山一証券、Lehman Brothers、Archegos Capital Management)。
3.(4) DeFiでの運用
上記と異なる運用手段として、DeFi(Decentralized Finance)での運用も挙げられる。これには、DeFiへの流動性供給※9(Liquidity Provide, LP)と、DeFi上の特定の暗号資産もしくはトークンのポジションを保有することの、両方を意味する。
DeFiの場合、スマートコントラクトと分散型意思決定機関(Decentralized Autonomous Organization, DAO)で運営されていることから、それに特有のリスクに備える必要がある。すなわち、文字通りのスマートコントラクトリスク(Protocol / smart contract risk)や、ガバナンスリスク(Governance / reputational risk)である。前者はプログラムの不備によりLPもしくは保有する資産が損失するリスク、後者はDeFiがDAO投票権の保有者に過度に優位に働くように運営されるリスクなどである。それ以外にも、LP等でDeFiに依存する資産ポジションを保有した場合には、その換金性が他の資産に劣ることになるため、流動性リスクにも備える必要があるだろう。
上記の通りDeFiでの運用は、備えるべきリスクが多数あり、難易度の高いものである。本邦ではSBIグループ傘下のHashHub社がレンディングサービスでのDeFiの活用を行っており※10、これにあたり同社は、DeFiについてのレポートを発信するとともに、DeFiプロトコルの検証を実施するなど、リスク回避策を公表している[12]。
DeFiに関連するリスクの事例は、次章にて紹介する。
3.(5) PoSステーキング
PoSステーキングは、イーサリアムの基本的な枠組みであり、大きな運用益が期待できるものではない。一方で、前節までに挙げた運用手法に比較すれば、考慮すべきリスクも多くない。具体的には、自己のウォレットと計算端末に対するサイバーリスク(Blockchain and cyber risk)が最も大きなリスクになり、それ以外には、拠出した暗号資産に対する流動性リスクも挙げられる。ただし後者は、当初は拠出に要する時間が数日から数週間であり、考慮を要するものであったが、2023年12月時点では一日内に短縮されており、現時点では検討から外れるものになったと言えるであろう。
※9:流動性供給とは、スマートコントラクトで構築された取引所(DEX, Decentralized Exchange)や借入機関(Lending Protocol)を機能させるために、それらに資金を提供することを意味する。
※10:https://www.hashhub-lending.com/ (2023年12月9日参照)
4. おわりに
暗号資産レンディングは、暗号資産市場の成長とともに注目される新しい資産運用手段です。しかしながら、法的な整理や運用における透明性の不足が残っており、利用者はそのリスクをしっかりと理解することが求められます。日本国内においても法整備が進み、健全な市場が形成されることで、暗号資産レンディングはさらなる可能性を広げるでしょう。利用者としては、自らが取るリスクを理解し、賢明な判断が必要です。
参考文献
[11] “Exploring Crypto And DeFi Risks In Credit Ratings”. S&P Global. 更新日: 2022年6月30日.
[12] “HashHubレンディングにおける資産取り扱いやリスク管理について(2022年11月版)”. 更新日: 2022年11月17日. URL: https://note.com/hashhub/n/naadbb9f7ddcf