ステーブルコイン建てデジタル債を巡る動き:ステーブルコインとデジタル債の接点


目次

  1. はじめに
  2. ステーブルコイン建てデジタル債について
     1. 直近の動き
     2. Obligate社とは?
     3. Credora社について
     4. Apex group社について
     5. Muff Trading社の事例
     6. Lamar Olive Oil社の事例
  3. おわりに
    参考文献

1. はじめに

近年、ステーブルコインとデジタル債の融合が進み、新しい金融商品が登場しています。特に、2023年6月にカナダ企業が発表した「ステーブルコイン建てデジタル債」は、これまでの金融システムに革新をもたらす可能性を秘めています。本レポートでは、ステーブルコイン建てデジタル債の最近の動向や、具体的な事例について詳しく解説します。特に、Obligate社やCredora社、Apex group社といった企業の取り組みを通じて、ステーブルコインとデジタル債がどのように連携し、新たな市場を形成しつつあるのかを探っていきます。

2. ステーブルコイン建てデジタル債について

2.(1) 直近の動き

ここまで、ステーブルコインとデジタル債についてそれぞれ直近の動きを基に解説した。これを踏まえて、2023年に世界で初めて発行されたステーブルコイン建てデジタル債について解説する。これまでステーブルコインは、暗号資産の取引に主に使用されており、派生的商品に使用されるケースはなかった。前述のようにUSDCなどで見られたリスクも顕在化し、安全性や信用面の問題と、投資家への浸透度の低さ等が相まって、なかなかステーブルコインを活用する動きには至らなかった。デジタル債に関しては国内外において発行されるケースが近年増加していたが、2022年まではステーブルコインが使用される事例は皆無だった。しかし、ここにきてObligateというブロックチェーンのプラットフォーム上で、スイスのMuff Trading社やフランスのオリーブを製造・販売するLamar Olive Oilut社という企業がステーブルコイン建てデジタル債を発行した動きは革新的であると言える。伝統的金融業界の牙城を切り崩すという意味で、暗号資産業界にとっては、大きな一歩となったと言えるかもしれない。この章ではObligate社、そして関連するCredora社、Apex Group社、活用事例について考察する。

図1. Obligate社周辺のエコシステムイメージ 出所:Next Finance Tech社作成

2.(2) Obligate社とは?

スイスを拠点とするObligate社は、ポリゴン・ブロックチェーン技術を基盤として、債券やコマーシャルペーパーを発行するプラットフォームを提供している。同社はスイス連邦金融市場監督機構(FINMA)により金融仲介業者として登録されており、一定の信用度はあると考えられる。現在、共同創業者であるBenedikt Schuppli氏がCEOを務めており、同じく共同創業者であるStephen Meyer氏とPhilipp von Randow氏が経営陣として在籍している。

同社プラットフォームを使用する最大の利点は、債券発行時のコストを80%削減し、発行に必要な時間がこれまで数週間だったものが数時間に短縮される点であろう。発行までのプロセスは全て自動化されており、同社プラットフォームで完結する。銀行や証券会社などの仲介者は介在しない。具体的なプロセスとしては、まずブックビルディングがプラットフォーム上で行われ、発行の条件と割当てがオフチェーンで確立される。発行者と投資家の合意後、両者がそれぞれの契約において法的に拘束されることを同社が保証する。発行者は契約内容を確認後、オンチェーンでの署名を行うことによって、投資家側での支払いが可能になるプログラムが開く。投資家はスマートコントラクトのエスクロー口座に支払いを行うことで、注文の履行を進めることができる。発行日になると債券は投資家に発行され、資金は発行者のアドレスに送られる。なお、対応通貨は現時点でUSDCとEUROeのみとなっている。

債券は発行から満期まで投資家のウォレットに保管される。使用可能なウォレットはメタマスク、コインベース・ウォレット、ファイアブロックスとなっている。その後、投資家側に債券の保有に関する制限はなく、発行体による制約事項がない限り、他者のウォレットへ譲渡・売却が可能である。なお、クーポンについては、満期時にのみ支払われる。

プラットフォームの肝となるスマートコントラクトのリスクについては明示されており、セキュリティ確保のために常時細心の注意を払うが、完全にリスクを無くすことはできないとのこと。この点に関して、監査はOtterSec社とsec3社によって実施され、良好な結果が発表された。なお、スマートコントラクトのオープンソース化は2023年後半に行われる。

手数料は、発行された発行総額が増加すればするほど下がる仕組みになっており、発行が成功した場合のみ発生し、発行代金から差し引かれる。ブックビルディングが不成立に終わった場合、手数料は発生しない。最低水準である2500万ドルまでの発行で0.5%の手数料が課される。

図2. 発行総額別 手数料一覧 出所:Obligate社

2.(3) Credora社について

Credora社[19]は、信用格付けを提供する企業である。債券の信用評価を行うことから、Obligate社にとって同社は重要な存在であるといえる。同社に評価を依頼している企業は80社以上、CeFiとの関連件数が25件、16個のDeFiプラットフォームにて同社サービスが使用されている。同社がモニタリングしている金融商品の価値を合計すると、30億ドルにものぼる。

同社による評価手法では、まず全ての借り手を1000点満点で採点する。コンプライアンスリスクや借入履歴、流動性、ソルベンシーなどについて査定[20]が行われ、点数が増減する。信用情報は下図のとおりAAからDまでのグレードで表され、信用リスクの相対的なレベルを示す。

図3. 信用グレードとスコア 出所:Obligate社

また、Obligate社プラットフォーム上で、発行体が同社の格付けサービスを利用する場合、年率0.15%の手数料が課される。

2.(4) Apex group社について

Apex Group社[21]は世界50カ所以上にオフィスを構え、従業員は1.2万人にものぼる大手金融サービスプロバイダーである。ファンド設立・運営に関する業務、ミドル・バックオフィス業務の受託が主なサービスとなっている。

Obligate社のプラットフォーム上では、発行体は担保付債券を発行することができる。もし、発行体企業が破産し、契約不履行となった場合、担保が売却されて投資家に補償されるが、この役割をApex groupが担っている。確かな実績がある大手金融サービスプロバイダーが関わることは、借り手と貸し手の両者にとって安心感につながる。

.(5) Muff Trading社の事例

ここからは実際のObligate社の活用事例を見ていく。スイスのMuff Trading社[22]は、主に南米から貴金属や非鉄金属の調達を中心に事業を展開しており、専門性の高い同族経営商社である。同社従業員の9割が南米で業務に携わっており、いくつかの同社が保有する倉庫と支社が点在する。

同社は2023年3月にObligateのプラットフォームを使用し社債を発行した。前述のシーメンス社等との違いは、伝統的通貨ではなくドル建てステーブルコインであるUSDCが使用されたことである。債券発行の際に、ステーブルコインが使用されたことは、確認できる限り史上初めての事例であるとみられる。シーメンス社が社債を発行したときは、規制や運用上の制約から、口座間での支払いにおいて銀行が介在したが、Muff Trading社が社債を発行したプロセスは画期的であり、今後の試金石となる事例となった。同社のような小規模な企業でも、ブロックチェーン技術の活用とステーブルコインを使用することで、社債の短時間かつスムーズな発行が可能になり、コスト面での優位性が証明された。

2.(6) Lamar Olive Oil社の事例

Lamar Olive Oil社[23]は、70年以上にわたりチュニジアにある果樹園で栽培されているオリーブの木から作られた100%エキストラ・バージン・オリーブオイルを製造・販売する同族経営企業である。同社は欧州と米国において確固たる地位を築き、世界的なオーガニック・オリーブオイル生産のリーダーとしてみられている。

同社による社債発行により、ステーブルコイン建てデジタル債の事例はMuff Trading社に次いで2例目となる。Muff Trading社同様、事業の拡大や財務面での安定等を理由として、資金調達の必要があったが、従来のような形での債券発行は、同社のような中小企業にとってコスト面で不利であり、選択肢として除外されてきた。しかし、Obligateのプラットフォームを活用することにより、低コストかつ短時間で社債を発行することが可能になった。Muff Trading社の事例との違いは、EUROeがステーブルコインとして使用されたことである。テザーなどのステーブルコインの価値が下落した局面があったが、EUROeはEU規制に準拠していることから、発行体と投資家側の両方にとって、より安心感が高い選択肢といえよう。

なお、同社は今回の社債発行により50万ドルを調達したが、それに伴うROIは400%から500%だったと同社CEOは述べている。このことから、今回のような形での資金調達は非常に有益だったことが窺える。

3. おわりに

ステーブルコイン建てデジタル債の発展は、特に中小企業にとって革新的な資金調達の手段となり得ます。今後、このような金融商品が普及することで、従来の金融システムにおける制約が緩和され、新しいビジネスチャンスが創出されることが期待されます。また、発行体の信頼性や規制の適合性が、投資家の受け入れにおいて重要な要素となるでしょう。ステーブルコイン建てデジタル債が、今後の暗号資産市場において重要な役割を果たすことを期待しています。

参考文献

[19]:Credora社. “Credora”. Credora, (参照2023-10-31). https://credora.io/
[20]:Credora社. “Credora社の役割”. Credora, (参照2023-10-31). https://docs.obligate.com/obligate-for-borrowers/credora
[21]:Apex Group社. “Apex Group”. Apex Group, (参照2023-10-31). https://www.apexgroup.com/
[22]:Blockzeit. “Muff Trading Issues First Bond On The Obligate Platform In Polygon Network”. Blockzeit, (参照2023-10-31). https://blockzeit.com/muff-trading-issues-first-bond-on-the-obligate-platform-in-polygon-network/
[23]:Olive Oil Times. “Africa / Middle East Olive Oil Producer Raises €500K Through Crypto Bonds”. Olive Oil Times, (参照2023-10-31). https://www.oliveoiltimes.com/world/olive-oil-producer-raises-e500k-through-crypto-bonds/122397