Ethereumステーキング:損益シミュレーション
目次
1.はじめに
2.ドライバー分解
1. 報酬の構成
2. 報酬の概算
3. 運用コストの概算
3. シミュレーション
4. 考察
5. おわりに
参考文献
1. はじめに
本レポートでは、ステーキング事業の損益シミュレーションを通じて、どの程度のノード数が必要か、運用コストがどのように発生するのかを明らかにする。これにより、ステーキング事業の実際の運営における損益分岐点を理解する。
2. ドライバー分解
本章では、ステーキング事業の損益を考えるにあたり、3章で述べた利益性に関して、報酬と運用コストの両側面で試算する。本レポートでは、実測値に基づいた試算に主眼を置いて解説を行うため、ステーキングの仕組みや報酬については、別レポートである「ステーキングの仕組みと報酬」を参考にされたい。
2.(1) 報酬の構成
ステーキング報酬はExecution RewardとConsensus Rewardに分けられる[5]。Execution Rewardは、ノードが実行したトランザクションやスマートコントラクトの処理に対して得られる報酬であり、Priority FeeとMEV-Boostの2つで構成される。一方、Consensus Rewardは、ノードがブロックの生成と合意形成プロセスに参加することで得られる報酬である。これらの報酬は各イベント(Attestation, Block Proposal, Sync Committee)毎に発生する(表2)。
上記を踏まえて、報酬の内容についてそれぞれ説明していく。Execution Rewardは、ユーザーがトランザクションを優先的に処理してもらうために追加で支払った手数料(Priority Fee)や、ブロック内のトランザクションの追加、削除、または順序変更によるアービトラージなどの収益(MEV-Boost)で構成される。
Consensus Rewardは、ノードがブロックの生成やネットワークの合意形成に参加し、ネットワークの安全性や信頼性を確保することで受け取る報酬のことである。
2.(2) 報酬の概算
本項では、4.(1)で整理したイベント毎の報酬値を、オープンソースであるEthereum 2.0 explorerのBeaconcha.in[6]において、2023年7月18日時点で観測された実測値を元に算出している。
2.(2).① Attestation
Attestationとは、新しいブロックが生成されるたびに、ノードがその正当性を確かめ検証結果をネットワークに送信するイベントである。検証結果が正しかった場合にはAttestation Rewardが報酬として得られる。Attestation Rewardは大きく3つに分かれ、Source Attestation(バリデータがどのブロックを最近正当化されたブロックとして認識するかを示す)、Target Attestation(バリデーターがどのブロックを現在のエポックにおける最初のブロックとして認識するかを示す)、Head Attestation(バリデータがどのブロックをチェーンの先頭にあると認識するかを示す)によって構成されている(表3)。
Validatorは24時間365日常にオンラインで、毎ブロックAttestationを提出することを求められる。ネットワーク接続不良や機器の問題などで、Attestationを提出できなかった場合、Attestationミスとなり報酬と同程度の額がペナルティーとして没収される。また、提出できた場合でも時間内に提出できなかった場合は時間に応じて報酬が差し引かれる。前者に関しては、基本的に設定ミスや障害が発生しなければ発生しない。後者に関しては、前者に比べると若干頻度が上がる。
Attestation報酬の数%がペナルティとして差し引かれると仮定し、年間期待値を以下に示した。ペナルティとして2%差し引かれる想定をしている。
2.(2).② Block Proposal
Block Proposerとは、ノードがブロック提案者に選ばれた際に発生するイベントである。Consensus RewardのProposal Rewardと、Execution RewardのPriority FeeとMEV-Boostの報酬が含まれる。2023年7月13日時点で、平均約92日に1回のペースで選出され、年間の平均選出回数は約3.972回である[6]。 Block Proposal時に発生する報酬は以下の通り。
Proposal Rewardは、バリデータが新しいブロックを作成し、ネットワークに提案することで得られる報酬である。[6]によると報酬の実測値(1回毎の平均)は36,540,000Gweiであり、年間の期待値は、
と表せる。実測値は最大36,589,321Gwei、最小35,437,384Gweiとぶれ幅が極めて少なく比較的安定した報酬である。
Execution Rewardは、Priority FeeとMEV-Boostの合計であるがBeaconcha.inでは内訳の分解は困難である。[6]によると報酬の実測値(1回毎の平均)は0.11ETHであり、年間の期待値は、
と表せる。実測値は最大0.35909ETH、最小値0.01979とぶれ幅が極めて大きい。Priority Feeに関しては、イーサリアムネットワークの混雑度によるところが多く報酬値の幅が広い。MEV-Boostに関しても、ブロック生成方法に依存するため予測困難だが、一般的にMEV-Boostにより通常の1.7倍の報酬となる[7]。また、MEV-Boostに関してはウォレットのアドレスに直接送金される場合もあり、実際はこれ以上の報酬となる可能性もある。
BlockProposalのペナルティに関しては、スラッシングが存在する。スラッシングを受けた場合、報酬を得られないどころか、残高の32分の1(上限1ETH)が罰金として課される上に直後36日間に渡り停止期間として罰金を受け続けるため、大きな損害である[8]。スラッシングはノードアプリケーション側でも対策されているため基本的には発生しないが、Validatorを二重に立ち上げないなどのオペレーション面で気をつける必要がある。
年間期待値の試算を以下に示した。スラッシングなどのペナルティーは発生しない想定で算出している。
2.(2).③ Sync Committee
Sync Commiteeとは、ランダムに選択される512ノードからなる委員会でブロックチェーンの先頭であるブロックヘッダーに継続的に署名するイベントである[9]。報酬としてConsensus RewardのSync Committee Rewardが支払われる。2023年7月13日時点で平均約1472日のペースで選ばれ、年間の平均選出回数は約0.248回[6]。選出された場合、256エポックの間委員会に参加し続ける。
[9]によると報酬の実測値(1エポックの平均)は561,000GWeiであり、Sync Commiteeに選出された際の報酬は**、**
と表せる。
Sync Committee Rewardにおいて署名の提出が遅れた場合や誤っていた場合に罰金が課せられる。数%がペナルティとして差し引かれると仮定し、年間期待値の試算を以下に示した。ペナルティとして2%差し引かれる想定をしている。
2.(2).④ 年間報酬期待値合計
全体の年間報酬期待値は、
から
となり、ETH建てで約4.8%である。これを日本円に直すと、1.544ETH × 276,733円(2023年7月13日時点)≃ 427,276円となる。
2.(3) 運用コストの概算
ここではオンプレ環境でソロステーキング形式を行うケースを考える。運用コストは、大きく設備資金とランニングコストの2つに分解できる。 設備資金では、ノードを運用するためのサーバーが必要である(表4)。サーバー台数については、ノードの数に応じて変動である。0~20ノードまではサーバー3台、以降20ノードの追加毎にサーバー2台を必要とするアーキテクチャ想定で算出している。
ランニングコストでは、主に電気代と人件費が挙げられる。年間電気代は、サーバー1台あたりの使用電力を100ワット毎時、サーバー台数3台、1kwhあたりの電気代を28円として、 と表せる。人件費は、インシデントやアップデート対応の人員として年間で5,000,000円を想定する。よって、運用コストは、設備投資とランニングコストを合計し、年間で¥5,133,600となる。
3. シミュレーション
ここでは、ステーキング事業の損益分岐点をシミュレーションする。第4章で概算したEthereumステーキングの報酬を売上、運用コストを費用とする。ノード数が増加した際に売上が費用を上回る点を求めると、ステーキング事業の損益分岐点は13ノードである(図1)。サーバー代や電気代などの変動費は、人件費などの固定費に比べて十分に小さいため、いかに少ない人員で多くのノードを運用できる体制を整えるかが収益の観点で重要となる。
4. 考察
Beaconcha.inが提供しているLeaderBoard[10]によると、年間報酬トップは+1.95972 ETH、ワーストは-1.43495 ETHである(2023年7月20日時点)。
トップに関しては、年利約6.12%と本レポートが算出した利率に比べてかなり良い数字である。Proposalの機会が多かったことが要因として挙げられるだろう。ワーストに関しては、スラッシングやAttestationミスなどのペナルティーがかさみ、マイナスとなっている。オフライン時間が長いためノードを放置しているように見受けられる。かなりの額のマイナスとなっていることから、運用する際にはインフラやそれらのモニタリングに細心の注意を払い、ペナルティーを未然に防ぎ、万が一発生した際には放置しないことが重要となる。
5. おわりに
本レポートでは、ステーキング事業について、ステーキング方式の比較と、ソロステーキングを選択した際の損益分岐を分析してきた。報酬としては比較的安定しているConsensus Rewardと、変動が大きいExecution Rewardから構成されるが、1ノードあたり年間平均およそ427,276円の報酬が見込まれる。運用コストを踏まえた損益分岐点としては、2023年7月31日時点で約1.4億円相当の自己資産が必要である。将来的には、ステーキング事業の需要が高まりバリデータ数が増えていくと、利率が下がる可能性がある。
参考文献
[5]:StakeFish. (2023). Ethereum Consensus and Execution Layer Rewards.
https://blog.stake.fish/ethereum-consensus-and-execution-layer-rewards/
[6]:bitfly gmbh. (2023). Open Source Ethereum Explorer.
https://beaconcha.in/
[7]:Next Finance Tech. (2023). Ethereumノード運用:運用報酬を最大化するMEV-Boostとは?https://www.notion.so/nxt-fintech/Ethereum-MEV-Boost-687451374c3d42c9a2d4aba36248c1a5
[8]:Ethereum Foundation. (2023). PROOF-OF-STAKE REWARDS AND PENALTIES - Ethereum.org. https://ethereum.org/en/developers/docs/consensus-mechanisms/pos/rewards-and-penalties/#slashing
[9]:Telepathy. (2023). Sync Committee Protocol. https://docs.telepathy.xyz/telepathy-protocol/sync-committees
[10]:bitfly gmbh. (2023). Validator Staking Leaderboard. https://beaconcha.in/validators/leaderboard