米ドル建てステーブルコイン USDCの運営体制 ~ 基礎知識と運用方法 ~


目次

  1. はじめに
  2. ステーブルコインUSDC
     1. ステーブルコインとは
     2. ステーブルコインの種類
  3. ステーブルコインの運用方法
  4. USDCの運用状況
  5. おわりに
    参考文献

1. はじめに

2023年6月1日に改正資金決済法が施行され、日本国内でもステーブルコインの発行が可能となりました。これにより、メガバンクや地方銀行によるステーブルコインの発行が期待され、年間1000兆円規模の市場成長が見込まれいる。一方、世界的にはすでに米ドルに連動するステーブルコインとして、USDT(テザー)やUSDC(USDコイン)が18兆円規模で流通している。今後、日本でもステーブルコインが国内外の決済や貿易で活用される可能性が高まる中、その運用方法と安定性は重要な課題である。本レポートでは、米国発のUSDCについて、その基本的な概念とステーブルコインの運用方法に焦点を当て、詳しく解説していく。

2.ステーブルコインUSDC

2.(1) ステーブルコインとは

そもそもステーブルコインとは、「取引価格が安定することを企図して設計された暗号資産の一種であり、他の暗号資産と同様に、(1)ブロックチェーン技術を用いて、分散台帳に記録される数値であり、(2)既存の金融システムに依存せず、(3)国境を超える転々流通性を持ち、(4)複数の国々に存在する暗号資産取引所に上場され、他の暗号資産や法定通貨との交換が可能という性格を合わせ持つもの」と定義される[2]。 つまりステーブルコインとは、取引価格が安定することを目的に、米ドルや金などの資産と連動するように設計された暗号資産の一種である。従来の暗号資産は価格の変動が大きく、高騰や暴落を繰り返してきた。そのために投機的な意味合いで保有する人が多く、決済手段や資産保有としての安定性を欠いているのが大きな課題であった。こうしたデメリットをなくすことを目的に作られたのが、法定通貨等に価格を連動させ、価値を安定させたステーブルコインである。

2. (2) ステーブルコインの種類

ステーブルコインには発行する際にその裏付けとなる担保資産の区別によって分別することができ、法定通貨担保型、暗号通貨担保型、アルゴリズム型(無担保型)、コモディティ型などに分けられる。

  • 法定通貨担保型:米ドルや円といった法定通貨により価値が裏付けられるステーブルコイン

USDC、USDT、BUSD等

  • 暗号通貨担保型:暗号資産により価値が裏付けられるステーブルコイン

DAI、sUSD等

  • アルゴリズム型(無担保型):裏付けとなる資産が無くアルゴリズムによって価値が一定に保たれるステーブルコイン

フラックス(FRAX)、TerraUSD(UST)、マジック・インターネット・マネー(MIM)等

  • コモディティ型:金や原油といったコモディティにより価値が裏付けられるステーブルコイン

Paxos Gold(PAXG)、ジパングコイン(ZPG)等

2. (3) USDCの概要

USDCはCoinbase社とCircle社によって設立された組織CENTREが2018年に立ち上げたイーサリアムベースの法定通貨担保型の米ドル連動型の代表的なステーブルコインである。Circle社にはBlackRock社、Fidelity Management and Research社などが出資を行い、Goldman Sachs社がUSDCの運営をサポートしている。また直近では同Goldman Sachs社の最高リスク責任者を務めたCraig Broderick氏がCircle社の取締役として参加するなど、伝統的な金融機関による協力を得ている。またCircle社とCoinbase社は、NYDFS(ニューヨーク州金融サービス局)からBit Licenceと呼ばれる仮想通貨事業を行うことを許可された免許を与えられており、Circle社は合衆国財務省管轄の FinCEN(金融犯罪監視網)と呼ばれる金融犯罪を取り締まるネットワークにも登録されている。USDCは、イーサリアム上のブロックチェーンをベースとして発行されているコインで「ERC20」という規格に対応している。この規格に対応しているコインは、コインの種類によってウォレットを変える必要がなく、すべて同じウォレットで管理することが可能になる。DEX(分散型取引所)などのDeFiサービスや流動性マイニングなどでも利用することができ、不安定な暗号資産相場でも、安定して運用することができる。ビジネスでの活用事例も増えてきており、USDCではCircleとVISAが提携していることにより、VISAカードでの決済が可能となっている(現在、支払いができるのは、VISA加盟店での法人取引のみ。)。こうした大企業との提携や伝統的な金融機関とのユースケースが増えるにしたがって、USDCの利活用の可能性や信頼性が増し、今後さらに需要が高まっていくことが期待される。

3.ステーブルコインの運用方法

本章では、USD連動型の法定通貨担保型ステーブルコインが広く普及し、信頼を得るための「5つの条件」を以下の通り弊社独自で仮定し、USDCがその条件をいかに満たしているかを検討していく。

「USD連動型の法定通貨担保型のステーブルコインの5条件」

  1. USDCの流動性が十分に確保されており、いつでもUSD(法定通貨)と交換できること。
  2. 裏付け資産が十分に確保されており(裏付け資産の額が流通しているUSDCの額以上であり)、USDCとUSDの交換が常に1:1の比率で行えること。
  3. 裏付け資産がUSDCの運営会社、預入銀行等から倒産隔離されていること。
  4. 裏付け資産の運用が非常に保守的かつ元本割れのリスクがほとんどないこと。(元本割れすると、流通しているUSDCの額よりも裏付け資産の額が小さくなる可能性が生じる)
  5. 流通しているUSDCの額よりも裏付け資産の額が大きいという第三者証明が得られること。

USD連動型の法定通貨担保型のステーブルコインでは、1USDCの発行にともなって1USD分の裏付け資産を積み立ていくことになる。つまり、USDC保有者のUSDへの交換を常に行うための流動性を確保するためには、銀行預金等でいつでも引き出せる現金を一定程度保有する必要がある。しかし銀行預金では銀行の倒産から発行体自身の資産を隔離することができないために預入先の信用状況を考慮しながら預入先を慎重に選ぶ必要がある。シリコンバレー銀行破綻事件などはまさしくその一例である(※2)。また、銀行預金における現金以外は、USDCの発行体としてサステイナブルな運営を続けていくために、その裏付け資産を債券等で安定運用することによって収益源としている。ここでの運用資産はカストディバンクに預け入れられている。運用戦略としては、その際発生するカストディフィー(管理手数料)とマネジメントフィー(USDCの事例では、裏付け資産の運用は後述するBlackRock社に委託運用しているため運用管理費用が発生する。)の合計を上回る運用を行いながらも、元本割れリスクがほとんどない保守的な運用であることが求めれられる。

後述するUSDCの事例では、準備金(裏付け資産)は、流動性確保の観点から最大 20% は米国の銀行で現金預金で保有されており、残りは政府短期金融市場ファンド(※3)であるCircle Reserve Fund を運用するBlackRock社に委託している。カストディバンクはBNY Mellon社が担当している。

2023年3月の複数の銀行破綻を受け、Circle社は現在、G-SIBs(世界で最も高い資本、流動性、監督要件を備えた最も安全な銀行としてFSB(金融安定理事会)が指定した世界30銀行)のうちの1行(銀行名は開示されてない)で実質的に準備金のほとんどすべての現金を保有している(トランザクション・バンキング・パートナーにも少額の資金を保有している。)[3]。

USDCの準備金は、Circle社とは隔離された口座(銀行預金口座・カストディ口座)に保管されている。万が一、Circle社 が破産した場合でも、USDC 準備金は 隔離されたままとなり、破産財産の一部にはならない。また万が一、Circle Reserve Fundの運用に失敗する(運用資産の時価総額が数bps減少するなど)ことがあり、USDCに対する準備金(裏付け資産)が部分的に不足した場合でも、Circle社は8億ドルを超える自社資産 (2023年6月時点でのCircle社の保有現金は 8億ドル超) を総動員し、必要に応じて外部資本も活用して、USD連動型の法定通貨担保型のステーブルコインであるUSDCの安定性を確保できる可能性は高い。

※2: USDCの準備金が預け入れられていたシリコンバレー銀行の破綻によって、Circle社がシリコンバレー銀行に預け入れた裏付け資産が返還されないとの思惑からUSDC価格がUSDに対して一時的に乖離し、1USDCの価格が1ドルを割り込んだ。
※3: government money market fund:総資産の 99.5% 以上を非常に流動性の高い投資対象に限定、つまり現金、政府証券、政府証券で完全に担保された現先契約に投資するファンドのこと。

4.USDCの運用状況

図1.USDCとUSDCの準備金の状況 出所:上記のグラフ及び表は2023年6月20日にCircle社のHPから取得

USDCとUSDC準備金の状況を示す図1の左側の棒グラフを見ると、流通しているUSDCの価格は284億ドルで、USDC準備金(裏付け資産)は285億ドルであることが分かる。このUSDC準備金(裏付け資産)のうち35億ドル程度が流動性確保の観点から銀行預金としてG-SIBsのうちの1行に預けられており、残りの250億ドル程度がCircle Reserve Fundとして運用されている部分であると読み解くことができる。

図1の右の数値を見ると、直近7日間のUSDCの設定が6億ドル程度で解約が11億ドル程度であり、差し引き5.8億ドルの解約となっている。また直近30日間の設定は37億ドル程度で解約が54ドル程度であり、差し引き17.8億ドルの解約ということが読み取れる。

USDC準備金(裏付け資産)における銀行預金35億ドルは、直近30日間の設定・解約の差し引き17.8億ドルの約2倍ということになり、解約に備えて十分な流動性を確保しているものと思われる。このことから、「USD連動型の法定通貨担保型のステーブルコインの5条件」の最初の条件

1.USDCの流動性が十分に確保されており、いつでもUSDと交換できること。

は条件を満たしていると考えられる。

また、USDC準備金(裏付け資産)は285億ドルは、流通しているUSDCの価格の284億ドル以上であるために「USD連動型の法定通貨担保型のステーブルコインの5条件」の2つ目の条件、

2.裏付け資産が十分に確保されており(裏付け資産の額が流通しているUSDCの額以上であり)、USDCとUSDの交換が常に1:1の比率で行えること。

も条件を満たしていると考えられる。

また、先述の通りCircle社とは隔離された口座(銀行預金口座・カストディ口座)でUSDC準備金(裏付け資産)は管理されており、銀行預金はG-SIBsのうちの1行に預けられていることに関しては、G-SIBsは毎年(11月に)発表されているために、例えば、取引銀行が前年のG-SIBsのリストに載っていても、今年のG-SIBsのリストでは除かれた場合には、取扱銀行を変更するなどを行えば、(もちろんG-SIBsに指定された銀行でも倒産する可能性はあるが)倒産隔離としては最善策を行っていると判断するべきではないかと考えることができる。従って、5条件の3つ目の条件である

3.裏付け資産がUSDCの運営会社、預入銀行等から倒産隔離されていること。

も条件を完全には満たしていないが、最善策を講じていると考えられる。

4. おわりに

これまで、USD連動型の法定通貨担保型のステーブルコインが信頼されて広く普及するための5つの条件「USD連動型の法定通貨担保型のステーブルコインの5条件」

  1. USDCの流動性が十分に確保されており、いつでもUSDと交換できること。
  2. 裏付け資産が十分に確保されており(裏付け資産の額が流通しているUSDCの額以上であり)、USDCとUSDの交換が常に1:1の比率で行えること。
  3. 裏付け資産がUSDCの運営会社、預入銀行等から倒産隔離されていること。
  4. 裏付け資産の運用が非常に保守的で元本割れのリスクがほとんどないこと。(元本割れすると、流通しているUSDCの額よりも裏付け資産の額が小さくなる可能性が生じる)
  5. 流通しているUSDCの額よりも裏付け資産の額が大きいという第三者証明が得られること。

を列挙して、すべての条件について一つずつ確認を行った(1つ目の条件である流動性の確保を行いながら、3つ目の条件である預入銀行の倒産隔離を100%行うことは現実的には不可能なことであるために、3つ目の条件については、預入銀行をG-SIBsに選定されている銀行から選ぶという最善策をおこなっていることで良しとしている。)。上記のことから、USDCは「USD連動型の法定通貨担保型のステーブルコインの5条件」すべてを満たしており、USD連動型の法定通貨担保型ステーブルコインとして安全・安心な運営・設計がなされた仕組みになっていると言えるだろう。

参考文献

[1] : 関口慶太, 岩田夏実. “ステーブルコイン、日本で年内発行へ 1000兆円市場開拓”. 日本経済新聞. 2023-05.31. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB2819F0Y3A520C2000000/ (参照: 2023-07-30).
[2] : 福泉 武史. “ステーブルコインとは何か?基礎からわかりやすく解説、裏付け資産の有無や利用手段で分類する”. FinTech Journal. 2021-06-29. https://www.sbbit.jp/article/fj/63260 (参照: 2023-07-30).
[3] : Fox-Geen Jeremy. “How the USDC Reserve is Structured and Managed”. Circle. 2023-03-28. https://www.circle.com/blog/how-the-usdc-reserve-is-structured-and-managed****.**** (Accessed: 2023-07-30).