Uniswap v3:オプション取引の比較
目次
1.はじめに
2.Uniswap v3とオプション制の類似点・相違点
1. LPerのポジションとカバードコール戦略
2. LPerとカバードコールの比較
3. 考察
3.おわりに
1. はじめに
Uniswap V3[1]などのDeFiプロトコルは既存金融におけるビッドとアスクを提示するマーケットメイカーが存在せずに、各プロダクトのアルゴリズム(自動マーケットメイカー、以下、AMM)に沿ってマーケットメイクが行われる。DeFiプロトコルのマーケットメイクは、プロトコル自体に流動性を与える流動性供給者(以下、LPer)とAMMの双方が存在することによって成立する。
しかし、LPerはImpermanent Loss(以下、IL)を被り、収益が圧迫されている。LPerが供給する流動性は従来の金融市場(以下、TradFi)に存在するマーケットメイカーの在庫に該当し、それら在庫の数量を元にAMMはトレード価格の算出を行っている。そのため、流動性を担保するためにILILの分析は重要である。本レポートはGuillaume[2]の議論を通し、特定の条件下でUniswap V3におけるLPerのポジションが、オプション取引の一つであるカバードコールと類似点と相違点が存在することを示す。Guillaume[3],Guillaume[4]も参考にされたいが、本レポートでは深入りしない。
本レポートの目的は、オプションの概念を解説することではないので、ブラック・ショールズ方程式の導出等は行わない。そのため、ブラック・ショールズ方程式の導出をはじめとする数学・経済学的な理論は[5]等に当たられたい。また、LPerのリスク管理に関連して議論されるILとオプション・グリークの議論は取り上げない。
2. Uniswap V3とオプション性の類似点・相違点
本章では最初に、[2]の例に沿い、流動性の供給方法に制限を加え、流動性供給のポジションとカバードコールとの類似点・相違点の比較を行う。本章は[2]の具体例と下記図を用い、LPerのポジションとオプション取引の類似点と相違点について考察を行う。
以下、考察のための記号を定義する。
- :流動性供給の範囲の下限
- :流動性供給の範囲の上限
- :流動性供給の範囲を交換後の通貨の単位で表した通貨ペアで、が成り立つ
- :任意の通貨と。なお、はに交換される、とここでは定義する
- :任意の時点におけるの価格・交換レート
- :流動性供給を止めるときの時点、もしくはオプションの満期
- :オプションの権利行使価格
また、流動性の供給範囲が流動性を拠出するときの価格より高いとする。
2.(1) LPerのポジションとカバードコール戦略
[2]では、2021/6/8にLPerがをのときにとの間で流動性の供給を行ったあるLPerの行動に着目した。このLPerは2021/6/17に通貨ペアがのときに流動性を引き上げた。
- 注意:[2]の図、及び解説ではでLPerが流動性を供給しているとき、をこえるたびにLPerにトレードの手数料収入が得られるとしているが、これは正確には、の間で行われたすべてのトレードに対して手数料が発生する。
一般的に、LPerの収益(除く、)は以下のように分解できる。
- 手数料収入:手数料収入とは、任意の通貨ペアに対して、内の価格で取引されたときに発生するLPerに支払われる報酬
- キャピタルゲインによる収入:流動性の供給を止めるときの価格が流動性の供給を始めたときの価格0より高い場合に得られる収入
上記の枠組みに[2]の事例を当てはめると、下記のようになる。
- 手数料収入:の範囲内で行われたすべての,のトレードに対して発生する手数料
- キャピタルゲインによる収入:流動性を供給した際、であり、流動性を引き上げた際もであった。そのため、含み益はであり、キャピタルゲインは発生せず
本節でLPerのペイオフについて定義した満期は流動性の供給を止めたとき、のことである。
[2]では下記のような図を残した。この図の灰色線は、LPerの損益におけるキャピタルゲインのみを表している。未満部分でLPerがを保有し、以上部分では、をに変換していることを示している。この図の青色線は、LPerの損益におけるキャピタルゲインに加えて、手数料収入部分(fees)も表している。
このペイオフは、オプション取引におけるカバードコールに類似している。2.-(3)にある図3.のカバードコールの損益図とUniswap v3の損益図を比較した場合、ペイオフが類似している。
2.(2) LPerのとカバードコールの比較
このように、LPerのポジションとオプションのペイオフには類似性が見られる。本節では、LPerのペイオフとオプションのペイオフの類似点と相違点について述べる。また、下記で述べるオプションは満期でのみ権利行使が可能なヨーロピアンオプションである。
類似点としては、下記の3点があげられる。
- 交換レートと権利行使価格:流動性供給の範囲が1tickの場合、カバードコールと損益図が似る。また、流動性の供給範囲はコインの交換の有無を決定するものなので、範囲の端が権利行使価格に類似している
- 手数料収入の存在:LPerは流動性供給を行うことで手数料収入が得られ、カバードコールの場合はオプションをショートすることでオプションプレミアムを得られるため、類似している
- 限定された収益のアップサイド:LPerはがにおけるを超えた際キャピタルゲインによるアップサイドを放棄している。カバードコールは保有している株式に売り指値を指定し、コールの買い手に株式の購入の選択権を与える代わりにプレミアムを収受するポジションであるので、同様に売り指値を超えた分のキャピタルゲインによるアップサイドを放棄している。より一般的な考察として、これはオプション取引のキャピタルゲインを制限する取引と一部類似している
相違点としては、下記の2点があげられる。
- ポジションの自由度:LPerは常にポジションを手仕舞うことができる一方で、カバードコールの場合、ヨーロピアン・オプションをショートしているため、満期に相手方の都合で最終的な損益が決まる
- 手数料収入の決定方法とタイミング:上記と関連するが、LPerの場合、手数料収入は流動性供給を止めるまで、決定しない。なぜなら、供給された流動性がの間でトレードされる回数は流動性供給の開始時点では不明であるからだ。その一方で、オプションの場合、オプションを買う場合はオプションプレミアムを事前に支払うことで可能であり、オプションを売る場合には買い方よりオプションプレミアムを事前に受け取る
2.(3) 考察
流動性供給とオプション取引の損益図と損益の決まり方に着目した場合、損益図は類似する一方で、損益の金額の決まり方は異なる。そのため、取引のインセンティブにも類似点と相違点がある。
まず、LPerとカバードコールの取引主体はどちらも、原資産を売るインセンティブがある。なぜなら、LPerは通貨交換のレートの範囲を指定することで、トークンをトークンに任意の価格であれば交換する注文をUniswap V3に発注している、と解釈できる。また、カバードコールと同様に自分が保有している通貨を流動性プールの指定レンジ間においては、報酬を受け取っている。本レポートで取り上げた[2]の事例では、においてLPerはオプションのプレミアムに近いものを収受し、その範囲外においては、どちらか一方の通貨を保有している。カバードコールは、取引主体は保有している株がある株価以上に到達した場合、原資産を売る戦略である。なぜなら、本レポートの例では 指値未満の間は株を現物として保有しているが、オプションの満期日に指値以上に株価が到達した場合、プレミアムを享受する代わりにコールの買い手に株を売る取引だからだ。このように、取引の主体はいずれも売りの指値をいれているような状況になる。
流動性供給とカバードコールの取引インセンティブにおける相違点は、売り指値に対するインセンティブの強弱、と考える。流動性の供給は、任意に流動性をプールに供給する期間を決められるため、LPerの手数料は取引開始時点で定まらず、LPer自身がターゲットとする手数料収入を達成した場合に流動性を引き上げることが多い。また、カバードコールは受け取るプレミアムが取引開始時点に決まっているため、カバードコールの満期時の最終的に得られる最大利得は取引開始時点で決まっており、カバードコールをロールする取引も散見されることから原資産を売るニーズも存在する。
考察をまとめると、下記のような表にある。
3. おわりに
今回はLPerのポジションがオプション取引と取引自体やペイオフに類似性と相違点があることを示した。具体的には、流動性供給を行う際、が流動性の供給範囲の下限よりも低く、流動性の供給範囲が1tick等の短い範囲に指定されることで、カバードコールと似たペイオフであることを示した。
直観的にLPerのポジションとオプション取引(カバードコール)はほとんど同じ取引だが、流動性の供給には満期やポジションを強制的に執行されるリスクがない点で異なる。また、オプションのポジションを途中で反対売買する際に流動性リスクが伴うが、Uniswap V3の流動性供給に流動性リスクが生じない。
このような類似点と相違点から、オプションのプライシングに使われる手法等をLPerのポジション管理や手数料収入のシミュレーションに使うことは可能、だと考えられており、今後はオプション理論がDeFi分野にも浸透することが期待されている。例えば、LPポジションがショートガンマと近いと仮定し、ヘッジ戦略を考察する研究[6, 7]、他にも任意の暗号資産値動きが幾何ブラウン運動に従うとして、手数料収入を計算する研究[8]が行われており、今後の発展に注目が必要だ。
参考文献
[1]:Adams et. al. “Uniswap v3 Core”. Uniswap v3. 2021-03-22.https://uniswap.org/whitepaper-v3.pdf(参照2023-04-05).
[2]:Guillaume Lambert. “Uniswap V3 LP Tokens as Perptual Put and Call Options”. Medium. 2021-07-23.https://lambert-guillaume.medium.com/uniswap-v3-lp-tokens-as-perpetual-put-and-call-options-5b66219db827(参照2023-04-05).
[3]:Guillaume Lambert. “Synthetic Options and Short Calls in Uniswap V3”. Medium. 2021-07-05.https://lambert-guillaume.medium.com/synthetic-options-and-short-calls-in-uniswap-v3-a3aea5e4e273(参照2023-04-05).
[4]:Guillaume Lambert. “Understanding the Value of Uniswap v3 Liquidity Positions”. Medium. 2021-07-15.https://lambert-guillaume.medium.com/understanding-the-value-of-uniswap-v3-liquidity-positions-cdaaee127fe7(参照2023-04-05).
[5]:John C. Hull. Options, Futures, and Other Derivatives. Pearson. 2014. [9th Edition].
[6]:Gamma Strategies. “Impermanent Loss Series: Liquidity Provision as a Short Gamma Option Position”. Medium. 2021.https://medium.com/gamma-strategies/impermanent-loss-series-liquidity-provision-as-a-short-gamma-option-position-3fdcaf8e272e(参照2023-05-05)
[7]:Jun Deng, Hua Xong, and Yun Wang: Static Replication of Impermanent Loss for Concentrated Liquidity Proivsion in Decentralised Markets. arXiv.org, arXiv:2205.12043v2, March 2023
[8]:Zhou Fan, Francisco Marmolejo-Cossío, Daniel J. Moroz, Michael Neuder, Rithvik Rao, and David C. Parkes: Strategic Liquidity Provision in Uniswap v3. arXiv.org, arXiv:2106.12033v3, July 2023